世界の輪郭
世界地図

地図の編纂者
世界地図(中原地図)を最初に編纂したのは秦の民であると言われている。早乙女氏はもともと測量士で、自身が乗る船が難破、沈没したのをきっかけに、秦の地図を作成することを考え、秦の地図(それもかなり正確であった)を作成した。だが、この地図が軍事上危険であると判明するや否や、当時の皇は早乙女氏を国外永久追放し、国内の地図を焼き尽くした(このときの地図は一部他国に渡り、今も残されている)。
追放された早乙女氏はこれ幸いとばかりに世界地図の作成を考えつく。まずは手始めに中原諸国の地図を作成し始めたが、ワールン砂漠をさまよっている内に戦闘に巻き込まれ死亡してしまう。
後に彼の地図に惚れ込んだ冒険家デリック氏により、早乙女氏の地図を完成させるための旅が始まる。
この旅には、早乙女氏が国に残してきた息子桐生氏も合流し、共同の地図作成が続行された。
こうして、デリック氏、桐生氏両名による中原諸国地図が完成したのである。
なお、現在では飛空船、パンツァーギアによる地図作成が行われているため、彼らが作成した地図は少ないが、その後の検証により、ほとんど最新の地図と差違はないという結論が出ている。
